その匂い、めくりめくる感触が好き。

本が好きです。読書が好きです。紙の匂い、ページをめくる感触...読む行為自体が大好きです...

滝口悠生『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』

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一昨日、文藝業界での一大イベント芥川賞並びに直木賞が決定した。
今年は、芥川賞にピースの又吉氏がノミネートされているとあって、ひと際熱気が感じられた。
「熱気」といえば私も同様にかなり熱が入っていて、初めてニコニコ動画での生中継まで見てしまった。しかしながら、とりたてて又吉氏の「火花」が気になっていたわけではなく、予め読んでいた滝口悠生氏の『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』が受賞しないかと期待していた。
滝口氏の作品を読むのは初めてだった。

 今回のノミネート作品中で、作家の知名度に反してひと際注目されていたのは、いわずもがな作品のタイトルが誘因しているに違いない。
残念ながら受賞には至らなかったが、賞をとった又吉氏、羽田氏に次いで3番目に票が多かったそうだ。
ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』を読んだとき、「ん?どこかで体感したことがある…あぁ〜」と思い浮かべたのが、すばる新人賞受賞作 清水アリカの『革命のためのサウンドトラック』だ。
似ているが違いはある、色だ。
『革命のためのサウンドトラック』は、全体が金属的な…メタルブルーに包まれていた。『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』は、田んぼや山などの田舎の景色にときどき学校の様子などなど、前者に比べて人間くさい匂いと思わずその場で吹き出してしまう滑稽さを孕んでいる。
両者に共通しているのは、文字を目で追いながら途中から音に変換されて脳内に取り込まれる、そんな感覚だ。まさに実験的な作品で、“ストーリー絶対主義” で読書をされる人は拒絶反応を起こすに違いない。
両作は似て非なるものである。
滝口氏の作品は“記憶”という曖昧なものが描かれている。

 

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主人公が2001年にフラッとバイクで東北に旅に出たところからはじまる。この時点での話なのかとおもいきや、その2、3年前の高校の頃に戻ったり、2011年の震災の年に飛び、そして2006年に高校・大学をともに過ごしてきた友人新之助と再会したり、時間があちらこちらと飛び回る。
ちなみに主人公は2015年の今を生きている、33歳の夫であり父親である。(ここはほとんど描かれていない)


♪ 時間旅行のツアーは いかが いかがなもの... ♪
と、こういった時系列が入り乱れる小説になるとついついこの歌詞が思い浮かぶのだ…
どうでもいいことだが。


人が或る時期に記憶を這わせることは誰にでもままあることで、そういった他愛もない記憶をランダムに書いているのが本作だ。
それらは記憶の中で曖昧だったり、反面やけに鮮明に覚えている事象もあったりする。それを澱んだ川の流れのようにつらつらと綴っているのだが、気づくとノイズが入ったジミヘンのギターの音さながらにさまざまな表現法が重なり合いながら、独特のサウンドを織りなしていくのだ。
ただ、あくまでも空漠たる「記憶」をひたすら綴っているには変わりない。その作業は、作者が自分の“意識”を織り交ぜながら主人公の頭の中を創作しているのだろう。

うーむ...ややこしいな。

 

過去から跳ね返ってくるのは、私がつくった過去ばかりで、そこにあったはずの私の知らないものたちは、過去に埋もれたままこちらに姿を見せない。
思い出されるのは知っていることばかりで、思い出せば出すほど、記憶は硬く小さくなっていく。

( 新潮 2015年 5月号 『ジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンス』より )

 

記憶は時が経つにつれ、当然曖昧になるものである。しまいには想像の産物が入り込んで別なものに形が変わっても、「それが記憶である」と刷り込まれていき、しまいに本当の記憶とはまったく別なものに変わってしまう可能性もある。


主人公はバンドでギターを弾いてジミヘンを真似て何本もギターを燃やしたり、友人は映画作りをめざしているのに映画を撮るでもなく … ほんとバカバカしいことしてるなぁとも思えるが、若い頃は、誰しも「一体、どこを目指してるの? 何がしたいの?」ってことを何回もやらかしすものだ。
滑稽で笑える部分が三ヶ所ほどあり、面白い中にもいい知れなぬ愛おしさが感じられてきて好感がもてる。私は個人的にストーリーなどは完全に逸脱しつつ読みながら文字から映像が浮かんでくるような、こういう作品は好きだ。

 

芥川賞を取れなかったのは、やはり「今どうしても書かなければならないか」という必要性のなのかなと感じた。

 

革命のためのサウンドトラック

革命のためのサウンドトラック

 

 

寝相

寝相

 

 

 

新潮 2015年 05 月号 [雑誌]

新潮 2015年 05 月号 [雑誌]

 

 田園風景写真:

写真素材 足成:Ashigawa